「千の風になって」中国語訳堂々完成!
今や日本国内でビッグヒットして、名曲となった「千の風になって」を是非中国の皆さんにも歌ってもらおうと完全に中国語訳を完成させていただきました。
中国語の権威による精査を経て、新井満氏も李広宏の訳詞を認め、今後「千の風になって」は日本と中国で新たなる展開をすることになりました。
私、李広宏も舞台、テレビ、ラジオなどを通じて中国語、日本語で「千の風になって」を大いに歌います。ご期待ください。
中国の皆さんにもこの曲の感動はきっと伝わるものと思います。
ここにその訳詞を全面公開いたします。
CD中国語で歌う「千の風になって」も製作中です。どうぞお楽しみに…。

作家、作詞家、作曲家 新井満様から応援のメッセージをいただきました。

中日の「千の風になって」を歌えることになった ―― 在日中国人歌手李広宏 ――
日本の歌「千の風になって」は2006年秋川雅史氏が紅白で歌ったことですでに日本中に知れ渡る名曲になったが、最近、関西在住の歌手李広宏がこの歌を中国語に訳詞、作者の新井満氏に中国語訳とその歌唱の許可を申出た。
李広宏は1961年蘇州の音楽一家に生まれたが、16才で中国の伝統劇滬劇団の俳優となった。
1972年日中国交正常化のあと、「夏の思い出」などの日本の伝統的な歌曲も中国で放送されるようになった。当時中国は文化大革命の最中で千編一律の音楽ばかりの中、これらの美しい日本の歌を聞き、李は感動すると同時にいつも映画の中で見る残虐な日本兵の住んでいる国と同じに考えることは出来なかった。そこで日本に行ってみたいという気持が生まれた。
1987年日本へ留学、日本語と英語を学び、ファッションデザイナーとしての資格も習得した。日本語を学ぶ中で、練習のため、日本の伝統的な歌曲を中国語に訳詩することに挑戦した。訳詩を続ける内に、日本歌曲の美しさ、抒情性にうたれ、永きにわたった魅力を感じるようになった。
1997年 今度はアメリカへ留学、さらに視野を広げると同時に自分の将来のことを考えるようになった。
日本へ戻り、記念のため、自分が訳した歌曲を自費でCD出版したが、当時日本の抒情歌を中国語で歌ったCDがほとんどなかったため、マスコミから注目され、朝日新聞やNHKで報じられたあとは最初の500枚はあっという間に完売した。
初めて、この意外な成功を体験した李は今まで勉強してきたファッションデザイナーの道をすべて捨て、小さい時から馴染んだ音楽の道を自分の生涯の仕事とすることを決意した。
1999年の最初の出版以来、毎年一枚のペースでCDを発表、日本の伝統的な歌曲以外にも「彩雲追月」などの中国の歌も日本語に訳して、日本の皆さんへ紹介した。李の訳詩した「蘇州夜曲」はサントリー烏龍茶のテレビCMに使われ、話題になったのは多くの人の知るところです。中国伝統劇の俳優であった彼は京劇や滬劇も日本語訳で歌っているが、元の詞の意味を崩さずに適確に訳し、その味を損なわないように歌っているところから沢山のリスナーに新鮮に受け入れられた。
李広宏は8歳の時父と死別したため、その面影がおぼろになっていたが、偶然、秋川雅史さんの歌う「千の風になって」を聞き、父への思いがはっきり甦った。天国の父は海を越えて日本で自分をずっと見守ってくれていたのだと思えるようになった。早速この歌を中国訳して作者の新井満氏に送った。
2007年ちょうど北京へのコンサートツアー中に新井満氏からの電話を受け取った。李の訳詞を日本の中国文学者藤井省三教授に確認していただき、適確に訳されていることを認められ、新井満氏の了解を得られることになった。
中国語の「千の風になって」は4月に着手する第9弾のCDに収録する予定である。
李広宏は一人の在日中国人歌手として、中国と日本の文化の特色を自分の特色として音楽を通じて、日中の文化交流の架橋になるべく全力をつくしていく考えである。